今ある日本料理店で一番古い店は假日広場にある福娘である。もちろん元々は假日広場ではなく、いわゆる無錫大飯店界隈の湖濱路にあった。今から15年ほど前の2002年頃の無錫大飯店界隈は、日本料理店が30店舗、スナックが30店舗ほどあったのではないか。一番多かった時期の2004年、2005年頃はスナックだけで60店舗を数えた。その2002年より前から現在の継続して営業している店は福娘しかない。飲み屋もない。秋桜は残念ながら2016年で幕を下ろした。
その福娘、無錫の日本料理店に多大な影響を与えた。福娘は2号店を出店したことがあった。その名は福ちゃんラーメン。この福ちゃんラーメンで厨房をしていた料理人が、きいさんラーメンを生み、王将ラーメン、五番街ラーメンと無錫日式ラーメン礎を築いていったのである。福娘がなければ今の日式ラーメン店はなかったかもしれない。手打ち蕎麦、手打ちうどんをやり始めたのも福娘が最初だ。
無錫で初めて日式焼肉店が登場したのは2003年。確か清楊路だったのではないか。谷川という店だ。大繁盛したようだ。この店はその後湖濱路に移動。2店舗目は”洋食の谷川”という店で洋食店を始めた。無錫では斬新だったと思う。洋食の谷川は、假日広場と蘇州にも展開。蘇州には今もある。無錫では假日広場の川吉が味、システム共に引き継いでいる。
本格的な洋食店として進出してきたのが”胡蝶”という店だった。無錫大飯店の梁清路にあった。コックも日本人だった。ここの焼きカレーが絶品で、その味を今は假日広場の雲で食べることができる。