UVによる殺菌について前回お話ししました。純水・超純水は、無菌であることは当然ですが、溶存している有機物も可能な限り下げておきたいものです。RO(逆浸透膜)を使うことで、水中の有機物はかなり低減できますが、有機物濃度を更に下げたい場合は、ROでは限界があります。
ROによる有機物低減は、精密濾過による分離ですが、ROを通過してしまうような低分子有機物は、酸化分解する方法を使います。酸化分解は、酸化剤を水中に混合させて有機物を分解する方法です。酸化剤として使われる代表的なものは過酸化水素(H2O2)やオゾン(O3)です。これらにUVによって発生させた253.7nmの光を照射すると、強い酸化力を持ったヒドロキシラジカルが発生し、水中の有機物を酸化分解することができます(ヒドロキシラジカルは「・OH」と表記します)。
ところが、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、超純水に酸化剤を投入すれば、それ自体が水の純度を下げてしまうと言う矛盾が生じるのです。余剰の酸化剤は後段で除去しなければなりません。したがって超純水に酸化剤を投入せずに有機物を酸化分解させる方法が必要になります。
水銀を放電させると253.7nmの光を容易に発生させることができると前回書きました。実はこの波長よりもっと短い波長も、僅かですが発生しています。その波長が184.9nmです。
水(H2O)に253.7nmを照射しても酸化作用を生み出すことはできませんが、184.9nmの短波長を照射すると、H2Oから・OHを発生させることができるのです。酸化剤を使用することなく・OHを発生させて水中の有機物を分解できるということです。超純水システムにはUVが、殺菌だけではなく、有機物分解にも使われていること、ガッテンしていただけたでしょうか。
さて殺菌や有機物分解に便利な水銀灯、その名の通り水銀を使用した工業製品です。常温で液状の金属として、いろいろな分野で活用されています。身近なところでは、今ではあまりお目にかかりませんが水銀式体温計ですね。他にも水銀電池などいろいろあります。しかし水銀はとても厄介な物質でもあります。水俣病はご存知ですね。熊本県水俣市の企業工場排水中に含まれていた有機水銀が海に流れ出し、体内に有機水銀を蓄えた魚介類を人間が経口摂取したことで水銀中毒が引き起こされた公害事件です。取り込まれた水銀により脳に重大な障害が引き起こされ、激しい痙攣が起こり、重症の場合は死に至ります。はじめの頃は原因不明の奇病とされていましたが、公的機関による調査の結果、有機水銀が原因であることが判明しました。多量の排水を海に流していた工場が疑われたのですが、それでもなお工場は、自社では有機水銀は生成されないと主張し、何らの対策が採られなかったため被害が拡大されました。悪質なのは、工場の附属病院で猫に排水を混ぜた餌を食べさせて実験し、水俣病と同様の症状を発したことを確認していたこと、有機水銀が工場の製造過程において一過性で発生していたこと、これらの事実を知っていながら、それらを隠蔽し対策を行わなかったのです。そういう意味でこれは事件なのです。
水俣病は有機物であるメチル水銀によるもので、水銀灯内にあるのは無機水銀ですから、直接的な関連はありません。しかしそれでも水銀含有品を一般環境中に廃棄することは環境汚染負荷が大きいので、何とか水銀に依存しない世の中にしたいものです。
そこで国際的に水銀依存からの脱却を目指した「水銀に関する水俣条約」が2013年10月に水俣市で締結されました。水俣条約と略されますが、水銀中毒公害事件発祥の水俣市の名前を冠した条約です。水銀の発掘から利用、廃棄に至るまで、様々な規制を定めた条約です。日本は当然ですが、中国も批准しています。この条約は批准国が50か国に達して発効する仕組みですが、今年の5月18日に50か国に達したことで、つい先だっての8月16日から発効しています(現時点では70か国以上が批准)。蛍光灯などの水銀灯は、規制値を超えない微量の水銀しか使われていないので、今のところ製造や使用の規制品目にはなっていませんが、遠くない将来には完全規制となる可能性があります。しかし、現在規制を受けていないからと言って一般ゴミと一緒に廃棄することは、チリも積もれば山となる危険行為ですから、分別ゴミとして適正な処理が行われなければなりません。
水銀灯の代替として研究開発されているのが半導体発光素子「UV LED」です。照明用のLEDは既に実用化されて相当普及していますが、UV波長のLED、特に300nm以下の短波長はまだまだ実用化には至っていません。可視光領域の短波長側である青色LED開発はノーベル物理学賞に輝きましたが、受賞者の一人である天野浩先生は、更なる短波長LEDの実用化に向けた研究開発に日夜邁進しておられるようです。これが実現できれば、2度目の受賞になるかも知れませんね。