水のお話し

前回は二人のノーベル物理学賞を輩出したスーパーカミオカンデに行ったことについて書きました。極限まで純度を上げた水(超純水)がニュートリノ検出の重要な要素だったことがお分かりいただけたと思います。極限まで純度を上げた状態とはどういうものか? 身近には超純水は存在しません。水道水や、ペットボトルの飲用水は超純水ではありません。純水でもありません。逆に言うと、超純水は飲用には適していません。超純水プラントで作業する際、超純水が手に触れることがありますが、作業終了後の手は、カサカサな状態になっています。皮膚から油脂などの成分が超純水に流れ出てしまうからです。飲んだことはありませんが、消化器の粘膜が荒れて体調を崩す可能性大です。

超純水である状態を測定する方法の一つは比抵抗測定です。水に濡れた手でコンセントを触ることは危険ですが、この場合の水とは水道水などの身近な水のことです。仮に超純水であれば感電することはありません。超純水の比抵抗の理論値は、18.6MΩ/㎝です。水中1㎝の距離における抵抗値です。スーパーカミオカンデの超純水システムにおける比抵抗は18MΩ/㎝を少し上回った値でした。ほぼ完全に絶縁されていると言ってもよい数値です。一方水道水の比抵抗は、0Ω/㎝です。溶解している塩素イオンなどが電気を通しているのです。

水道水やペットボトルの水には、いろいろな物質がイオンになって溶解しているため導電性を帯びています。水道水であれば塩素、ペットボトルであれば、カルシウムなどの無機物です。透明に見える水でも不純物でいっぱいです。

比抵抗以外の測定項目は、溶存酸素濃度、溶存有機物濃度、微粒子測定などがあります。これらの数値は、ゼロが望ましいですが、現実的にゼロは困難です。例えば有機物濃度、最先端の半導体工場で要求される数値は1ppb以下という厳しい数値です。1%は1,000ppm、1ppmは1,000ppbですから、いかに有機物濃度を下げなければならないか、想像もつかないレベルです。余談ですが、ppmは濃度の単位ですが、小生にとっては、Peter, Paul and Maryという1960年代に活躍したフォークソンググループの略称(PPM)のことです。

閑話休題。水道水を超純水までレベルアップさせるには、複雑なプロセスが必要です。一概に言えば、脱イオン、逆浸透膜(RO)、脱気、殺菌・酸化(微量有機物分解)、限外濾過(UF)などのプロセスの集合体です。しかも24時間常時水は回り続けています。水は滞留してしまうと一気に汚染が進むからです。プロセスに使用する濾過膜、配管材、バルブなど水に接触する部分には、極めて溶出性が低い素材が使われています。空気中の酸素にも接触しないよう、タンクの空間部分には窒素が充満されています。このようにして精製された超純水1トンのコストは、1,000~1,500円程度かかります。日本の水道水の場合、1トンで200円程度ですから、如何に高くつくか、お分かりいただけると思います。

         超純水プロセス最後段に設置されたUF

スーパーカミオカンデの超純水プロセスには、微量有機物を酸化分解するためのシステム(UV使用)は導入されていませんでした。研究室の助教の方にその話をすると、非常に興味を抱いたらしく、スーパーカミオカンデより更に規模を大きくして現在計画中のハイパーカミオカンデには、UVによる微量有機物分解システムが採用される計画らしいです。弊社製が採用されることを期待している今日この頃ですが、東大の若き研究者相手に偉そうなことを言ったことが実現化することになり、気恥ずかしい限りです。